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東京高等裁判所 昭和41年(行コ)25号 判決 1967年2月28日

控訴人 更生会社 中島造機株式会社管財人

被控訴人 特許庁長官

訴訟代理人 上野国夫 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一求めた裁判

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が、昭和三十九年十一月十七日、特許庁昭和三九年特総第九〇二号によりした裁決を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人及び被控訴代理人において、それぞれ次のとおり述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

(一)  控訴代理人の陳述

本件裁決は、行政機関が終審として裁判を行うことを禁止し、行政機関の行う裁判に不服ある者は、必ず司法裁判所に出訴してその裁判を受けうることを担保した憲法第七十六条第二項後段の規定に違反するものである。判定は、特許権者と第三者との間における第三者の製造販売する物又は使用する方法が特許発明の技術的範囲に属するか否かの紛争の解決を目的とするものであり、専門的知識を有する三名の審判官が準司法的な公正な手続により審判し、その結論は、専門官庁の公的な判断として、当事者及び第三者に尊重されるという実質がある以上、判定は、まさに行政庁のする特許発明の技術的範囲確認の裁判である。したがつて、このような実質的効力を有する判定に対して、不利益を受けた者に不服申立の途を与えないことは衡平を欠く。本件裁決及び原審判決のように、判定は行政庁のする鑑定的見解の表明であるというような不明確な概念をもつて行政処分と区別し、行政不服審査法による救済を認めないことは、結局、判定という行政官庁のする裁判に終審としての効力を付与すると同じ結果になり、憲法第七十六条第二項後段の規定に違背するものといわねばならない。現に判定被請求人である株式会社米山穀機発明所は、本件判定を、合資会社山村精麦所を被告、控訴人をその補助参加人とする前橋地方裁判所昭和三六年(ワ)第二六六号損害賠償請求事件の書証として提出し、この判定をもつて専門官庁である特許庁のした権威ある判断であり、それによつて明らかなように、中島式加熱膨潤装置は、登録第三九九、一六六号実用新案の技術範囲に属すると説明し、控訴人は、本件判定の結論を否定するため苦心惨憺している実情である。

(二)  被控訴代理人の陳述

本件裁決が憲法第七十六条第二項後段の規定に違反する旨の控訴人の主張は理由がない。いうまでもなく、裁判は、個々の事件について法を適用実現することによつて当事者の具体的権利義務を確定するものであるところ、判定は、単に特許庁の鑑定的な見解を表明したものにすぎず、当事者の権利義務の関係を確定する効力を有するものではないから、裁判ではない。なお、控訴人は、判定は専門的知識を有する審判官により準司法的手続による審理を経てされるものであり、その結論は尊重され、当事者の権利義務に大きい影響を与えるものであるから、行政不服申立が許されるべきである、と主張するが、このような事情があるからといつて、これをもつて、行政不服申立の対象となる行政処分であるとすることはできない。行政不服申立の対象となる行政処分は、行政庁の一方的な意思、認識、判断等の精神作用の表示であり、それに固有の法律効果の付与されたものでなければならず、その行為固有の法律効果を生じないものは、これに含まれない、とするのが通説であるところ、判定は、制度的には、特許紛争の解決に寄与するものであるとしても、もとより、個人に対する民事上、刑事上、あるいは行政上の責任追及の見地から行われるものではなく、したがつて、また、判定には何ら法的拘束力を伴うものではないから、判定は、右にいう行政処分には当らない。判定が尊重されるとしても、それは、あくまで、当事者の自由な意思によるものであり、裁判所も行政庁の判定を尊重して独自の判断を放棄するようなことはありうべきことではなく、事実上の点を如何に強調しても、判定は、その性質上、固有の法律効果として、法益の損害を生ずるというようなことはありえない(昭和三十六年三月十五日言渡の最高裁判所大法廷判決は、特許法上の判定と同様、専門的知識を有する審判官が準司法的手続によつてした海難審判裁決のうち、海難原因裁決に関して、主文である者に海難について過失があるとした裁決は、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない、と判示しているほか、同旨の判決は多数存在する。)。

第三証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  中島造機株式会社(昭和三十九年十二月二十一日更生手続開始決定を受け、控訴人がその管財人に選任)の本件判定の申立から本件裁決に至るまでの特許庁における手続の経緯及び本件裁決の理由が、控訴人主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件裁決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件裁決につき、控訴人主張の違法の点、したがつて、これを取り消すべき事由があるとする控訴人の主張は到底これを容認することはできない。しかして、その理由とするところは、次に判示する「本作裁決は憲法第七十六条第二項後段の規定に違反するかどうか」の点を除き、原審がその判決理由に掲げたところと同旨であるから、ここにその記載を引用する。

本件裁決は、憲法第七十六条第二項後段の規定に違反するかどうか。

控訴人は、特許法における判定は、ある物又は方法が特許発明の技術的範囲に属するか否かの関係者間の紛争の解決を目的とし、専門的知識を有する三名の審判官により準司法的手続により審理して得られる結論であり、専門官庁による公的判断として尊重せられるものであるから、憲法第七十六条第二項後段にいう行政庁の裁判に当り、したがつて、これに対して不服申立を許さないとすることは、行政庁のする裁判に終審としての効力を付与する結果となり、前記憲法の法条に違背する旨主張する。

しかしながら、右憲法の法条にいう裁判とは、具体的事案に法を適用実現し、その関係者に法的拘束を与える行為をいうものと解するを相当とするところ、特許法その他の工業所有権関係法規によつて規定された現行判定制度が、少くとも、このような法的拘束力を有するものであるとすべき根拠は、到底、これを見出すことはできないから、判定をもつて右にいう裁判とは解しがたく、したがつて、控訴人の前掲主張は(控訴人の主張するように、判定につき行政不服審査法による救済を否定することが、これに最終審としての効力を付与すると同じ結果になるかどうかの点は、しばらく措くとしても)、すでに、右の点において理由がないものといわざるをえない。控訴人は、判定が技術的範囲に属するか否かの専門官庁による公的判断として尊重される実情にあることをとらえて、これに対する不服申立が許されるべきである旨を強調する。特許庁による判定の結論が、実社会において、事実上尊重され、ある物又は方法が特許発明その他の技術的範囲に属するか否かをめぐる関係者間の紛争の解決ないしは、その未然の防止に役立つであろうことは、容易に推測しうるところであり、そのことは、また、この制度を設けた特許法その他の関係法の予期するところであるともいいうべく(けだし、そのような効果が期待されるのでなければ、発明を保護奨励し、もつて、産業の発達に寄与することを目的とする特許法、その他同様の目的をもつ工業所有権関係法規の関知すべき事柄ではないからである。)、したがつて、関係者の自由意思によるにもせよ、その結論が事実上、権利関係の紛争解決に役立つことがありうる以上、その誤つた結論により事実上の不利益を蒙ることを余儀なくされる関係者が、これを匡正する機会を与えられないということは、特許行政ないしは立法政策上の問題であるとともに、これを受け入れる関係者の判断力の問題でもあるから、そのような実情が仮にあるとしても、そのことの故に、直ちに本件裁定をもつて、前記憲法の法条その他に違反する違法があるものとすることはできない。

(むすび)

三 以上説示のとおりであるから、本件裁決にその主張のような違法があることを理由に、その取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないものというほかはなく、したがつて、右と同趣旨に出た原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。よつて、本件控訴は、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 三宅正雄 影山勇)

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